終戦の日付

終戦の日付

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連合国が「対日戦勝」と呼ぶ日と、日本が「終戦」と呼ぶ日は、同じ暦のマスに収まらない。

終戦の日付

Victory over Japan Day(V-J Day、対日戦勝記念日)は、第二次世界大戦で日本が降伏し、戦争が事実上終わった日を指す英語圏の呼び方である。指す日付は国によって分かれる。イギリスなど多くの国は1945年8月15日。アメリカ合衆国の公式の記念は同年9月2日、東京湾の戦艦ミズーリ艦上で降伏文書に署名した日。中華民国や当時のソ連は翌3日を対日戦勝の日とした。日本国内では8月15日を「終戦記念日」と呼ぶことが多く、政府の正式名称は1982年の閣議決定以来「戦没者を追悼し平和を祈念する日」である。この領域はそれらの日付を並べる机であって、どの国の戦勝パレードの主催者でもない。

経過は短い年表にできる。8月6日広島、9日長崎とソ連の対日宣戦。14日、日本政府はポツダム宣言受諾をスイス経由でトルーマン大統領に電信した。時差のため米州では同日夕、日本では15日未明から昼にかけてニュースになる。15日正午、玉音放送。9月2日、重光葵外相と梅津美治郎参謀総長が日本側として署名し、連合国側はマッカーサーが代表した。休戦の口頭合意と文書の日付がずれるのは、ハーグ陸戦条約の理解でも説明される。各地の前線で実際に銃が止まった日は、さらにばらつく。

名前が指すものと指さないもの

ドメインの英語は「Japan Victory」と読める。英語圏の検索では対日戦勝記念日が先に出る。一方、サザンオールスターズの2014年シングル「東京VICTORY」、日本ビクター(JVC=Japan Victor Company)、名古屋のビクトリージャパン株式会社(飲料水)は、いずれも別の戸籍である。仮想戦記で日本が勝つ話も、この机の主題ではない。ここは暦と名称の整理に留める。

講和はさらに後年

1945年9月2日で戦闘は終わっても、日本と大半の連合国の平和条約は1951年サンフランシスコ、発効は1952年。ソ連との共同宣言は1956年。V-J Dayは「戦争が終わった日」の俗称であり、すべての講和文書の日ではない。式典の主催、慰霊の作法、学校の授業は各国と各自治体の管轄である。この静的な束はチケットを売らない。

日付

14日、15日、2日、3日。

8月15日

玉音と英連邦。

9月2日

ミズーリ。

日本の呼称

終戦と追悼。

別の戸籍

曲、JVC、水。

注意

式典は別所。